アナロジーの居場所

『ユリイカ6月号:特集山口昌男』における高山宏さんと中沢新一さんの対談。アナロジー人間でマザコンじゃない人間を知らない、と高山さん。似 てることのもつ威力を内外で最大限に高めるような写真や集合でありたいと思うが、アナロジー、アソシエーション、アブダクション、あるいはイミテーショ ン、ミミクリー、ミメーシス、パロディ等が存分に発揮できる環境とはどんなものか。幼児が親といる環境はその最たるものではないだろうか。写真そのものが アナロジーであったり、次なるアナロジーを誘う環境とであることを望むというのは、幼児期の記憶を再現しているのか、あるいはあるはずだった幼児期の時間 を代替させているということか。環境のもつ水々しさを裏打ちしているものがきっとアナロジー。